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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8750号 判決

原告

塚本敏幸

塚本節子

原告両名訴訟代理人弁護士

喜治榮一郎

被告

学校法人大阪経済法律学園

右代表者理事

北島平一郎

右訴訟代理人弁護士

真砂泰三

池本美郎

鷹喜由美子

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  請求の趣旨

1  被告は、原告塚本敏幸に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告塚本節子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する右同期間、同割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二 当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、訴外亡塚本康聖(以下、「康聖」という。)の父母であり、被告は、肩書地に大阪経済法科大学(以下、「被告大学」という。)を設置する学校法人である。

2  本件事故の発生

(一)  康聖は、昭和五五年四月、被告大学に入学し、同五六年一月から、同大学において正式に認可されたクラブであるアニメーション研究会(以下、「本件クラブ」という。)に所属していた。本件クラブは、昭和五六年度の夏季休暇を利用して初めての合宿(以下、「本件合宿」という。)を実施することを企画し、同年六月下旬頃、被告大学学生課を通じて同大学に本件合宿の届出をなし、本件合宿は、同年八月二一日から同月二四日までの四日間、康聖を含む本件クラブの部員によつて、静岡県浜名郡舞阪町舞阪四〇〇九所在の「民宿なぐら」で行なわれることとなつた。そして、本件合宿には、本件クラブの顧問である被告大学法学部講師紙野健二(以下、「紙野」という。)と同副顧問である同大学教職部職員平尾定昭(以下、「平尾」という。)が参加することになつていた。

(二)  本件合宿は、予定どおり昭和五六年八月二一日に開始されたが、たまたま、同月二二日に台風が静岡県付近を通過したため、同日は、屋外でのスケッチハイキング、スイミング・トレーニングを行わず、翌二三日の分も含め本件合宿で行われることになつていた屋内でのスケジュールを消化した。

(三)  本件クラブの顧問である紙野と副顧問である平尾は、同月二二日は本件合宿に参加していたが、翌二三日の午前中には、既に帰阪の途についていた。

(四)  康聖は、右両顧問が帰阪の途についた後の同月二三日午後二時頃から、前記合宿所から徒歩で約一五分の距離にある舞阪の外浜(以下、「本件海岸」という。)で、他のクラブ部員とともに本件合宿の行事として行われたスイミング・トレーニングに参加していたところ、未だ台風の名残りで波が荒かつたため、波にのまれて行方不明となり溺死した(推定死亡時刻は同午後五時頃とのことである。以下、これを「本件事故」という。)。

3  被告の責任

(一)  債務不履行責任

(ア) 一般に、大学生と当該学生が在学する大学の設置者との間には、学生が大学の教育方針・教育計画に基づく教育を受け、所定の授業料等を納付し、大学設置者は、学生に対し、その施設を提供し雇用する教員による所定課程の授業を受けさせることを基本とする一種の契約関係(以下、便宜、これを「教育契約」という。)が存し、大学設置者は、右契約上、大学の教育活動全般について、それに伴い起りうる事故の発生を未然に防止すべく万全の注意を払い、右教育活動に随伴する諸々の危険から学生の生命、身体を守るべき安全配慮義務を負うものである。

そして、これを学生が大学の認可するクラブ活動の一環として合宿訓練を行なう場合について具体化していえば、当該クラブに大学の教職員である顧問が置かれている場合には、大学設置者は、当該顧問を通じて、(1)事前に合宿の現地を確認して参加学生の生命、身体等に危険を生じる可能性があるかどうかの調査を行ない、もしそのような危険の生じる可能性があれば事前に学生に厳重な注意・警告を与える義務、及び(2)現地に臨んだ際にも学生に危険が及ばないように注意・警告を徹底させる義務を負うものである。

(イ) 本件の場合、被告大学及び顧問らは、学生が合宿訓練のスケジュール中にスイミング・トレーニングを予定していることを事前に確認しており、かつ、現地は水死事故の多発する特殊危険箇所であつたのであるから、右の事前調査、警告の義務及び現地での警告義務は一般の場合以上に高度に認められるものというべきである。

(ウ) しかるに、本件クラブの顧問である紙野及び副顧問である平尾は、事前に現地を調査することなく、合宿の第二日めに漫然と現地に臨んだだけであり、かつ、当時台風通過という極めて危険な気象条件下にあつたにもかかわらず、現地での注意・警告を徹底させることなく、全く自らの都合で学生を放置したまま、合宿訓練途中の昭和五六年八月二三日に帰阪してしまい、本件事故の発生を招いたものであつて、被告(その履行補助者である顧問ら)が右義務に違反し、債務の履行を怠つたことは明らかである。

(二)  不法行為責任

右顧問らの上記義務違反行為は、また不法行為上の過失を構成するものであるところ、その過失は被告自身の過失と同視すべきであり、しからずとするも、被告は右顧問らの使用者であるから、被用者である顧問らの不法行為について責任を負うものというべきである。

4  損害〈省略〉

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)ないし(四)の事実は、同(四)のうち、康聖が他のクラブ員とともに本件合宿行事として行われたスイミング・トレーニングに参加していたとの事実は否認し、その余の事実は、認める。本件事故は合宿終了後のフリータイム中の事故であつた。

3  同3(一)(ア)ないし(ウ)、(二)のうち、原告らのいう教育契約の存すること自体は認めるが、その余の主張は争う。クラブ顧問は、学生自治に委ねられたクラブ活動の相談役にすぎず、クラブに対する指導監督を有していないのであるから、原告主張のごとき義務を負うものではない。

4  同4(一)ないし(三)の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件合宿は、台風襲来のため屋外活動が中止になり、昭和五六年八月二二日、予定されていた屋内活動の全スケジュールを消化したことによつて終了しており、本件事故は合宿終了後のフリータイム中に発生したものである。

2(一)  本件海岸は平常でも水泳厳禁地域であり、その旨同海岸付近の看板に公示されている。これは、海岸に地元の人が「うど」と呼ぶ特殊な潮流があり(「うど」とは、直接には海岸に何か所かある浅瀬を指し、「うど」に打ち寄せる波は高く、打ち寄せた波は「うど」と「うど」の間に流れ、引き潮が強い。)非常に危険だからである。

(二)  しかも、本件事故当日である昭和五六年八月二三日は、台風が通過した直後であり、風が強く、波の高さも二メートル近くあつた(静岡地方気象台浜松測候所によれば、八月二四日午前八時三〇分まで強風波浪注意報が発令されていた。)。そのため、本件事故当日及び翌日とも二重遭難のおそれから救助艇による救出活動ができないような状態であつたのである。

(三)  また、顧問や民宿の経営者名倉三雄の妻要子は、クラブ員に対し、同月二三日の朝食後のフリータイムの行動について、海岸には特殊な潮流(「うど」)があり、絶対に海に入つてはいけないと厳重に注意していた。

(四)  康聖は、右(一)ないし(三)の事実を十分承知したうえで、無謀にも海に入つたものである。

3  一般に大学でのクラブ活動は学生自治に委ねられているが、被告大学においても、学生によつて文化会が結成され、文化クラブは文化会の作成した文化会会則(乙第七号証の一、二)に基づいて運営されている。そして、文化クラブの予算、見積、配分はすべて文化会で行なつており、学生だけでこれを決めている。

もつとも、被告大学は、文化会の財源となる学友会費の徴収を便宜上手伝つているが、その使途、配分はすべて学生の自治に委ねられている。また、被告大学の教職員がクラブ顧問になつているが、顧問の選任について被告大学は一切関与していないし、顧問に手当を出すようなこともしていない。

もちろん、学生の自治といつても、学生の本分にもとるようなことをしないという前提に立つのは当然であり、その意味でクラブの合宿スケジュール等について学校に届出を求めているが、これも届出であつて許可ではないのである。

四  原告らの反論

1  被告は、康聖だけが無謀にも海に入つたようにいうが、事実に反する。事実は、クラブ員全員が海岸で甲羅干しをした後、体の汚れを洗い流すために浅瀬に入つたものであり、その際、下級生を中央に挾み、その両側にクラブの部長である訴外大林正和ほか上級生の者が下級生を監視する形で、海水にせいぜい五〇ないし六〇センチメートル位浸つていただけのものにすぎない。

2  また、大学生におけるクラブ活動がある程度学生の自治に基づくものであり、顧問が学生に対し厳格な指揮・監督をなすべき一般的な義務がないとしても、本件のような危険な地域での合宿訓練を許可し、これに基づいて合宿に参加する以上は、注意義務は加重されるものとみるべきである。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(当事者)については争いがない。

二同2(一)ないし(四)の事実(本件事故の発生)についても、同(四)のうち、本件事故が本件合宿の行事として行われたスイミング・トレーニング中に発生したとの点を除き、当事者間に争いがなく。〈証拠〉によれば、本件合宿で予定されていた「スイミング・トレーニング」(甲第七号証参照。)とはもともと本格的な水泳を行うのではなく、水遊びと日光浴程度のことをいうものであつたが、本件事故当日の「スイミング・トレーニング」には、合宿に参加したクラブ員のうち、外耳炎のため途中帰宅した一人を除いて残りの全員が参加しており、右「スイミング・トレーニング」において海に入る際には、被告大学の学生であり本件クラブの部長であつた訴外大林正和(以下、「大林」という。)と副部長であつた康聖が、クラブ員が沖へ出ないように監視する態勢をとつていたことが認められ、これらの点からみても、本件は、本件合宿が終了する以前の「スイミング・トレーニング」中に発生したものと認めるのが相当である。

もつとも、〈証拠〉によれば、右大林が、本件事故後の昭和五六年九月中旬ないし下旬頃に、被告大学の求めに応じて提出した「アニメーション研究会合宿スケジュール表」と題する本件合宿の報告書(乙第五号証)には、「八月二二日(土)朝食後スケッチ、………コンパ、反省会、スケジュール終了!!」「二三日(日)以降フリータイム」と記載されていることが明らかであり、これによれば、被告主張のごとく、本件合宿は八月二二日をもつて終了したように解される余地がないではなく、また、八月二三日の午前中に顧問及び副顧問が帰阪していることも右理解を裏付けるようにも思われる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件合宿においては、もともとその日程上、「リーダーミーティング(フリータイム)」、「昼 自由行動」と表記される時間帯がもうけられていたことが明らかであり、かかる事実と〈証拠〉によれば、前記合宿後の報告書(乙第五号証)にある「フリータイム」というのも、合宿終了後の時間を意味するものではなく、むしろ合宿期間中の自由時間を意味するものと解するのが相当であり、前記の「スケジュール終了!!」という記載も、合宿期間中に予定されていた屋内活動のスケジュールが終了したという趣旨であつて、合宿そのものが終了したという趣旨ではないと解するのが相当である。

また、顧問及び副顧問が八月二三日の午前中に帰阪していることも、〈証拠〉によると、同人らが本件合宿に参加したのは合宿第二日めの八月二二日の昼頃のことであり、もともと同人らは、合宿前に「最初の日は行けないが、八月二二日にはのぞきに行く」といつて参加したものであつたと認められ、元来、同人らが本件合宿の終了まで参加するつもりであつたとは認め難いことに徴し、本件合宿の終了を裏付けるものとみることはできず、結局、これらの点に関する被告の主張は採用できないものといわねばならない。

三そこで、請求原因三(被告の責任)について、検討する。

1  債務不履行責任について

(一)  前示のとおり康聖は被告大学の学生であつたが、一般に、大学生とその在学大学設置者との間に教育契約とでもいうべき契約関係が存すること自体については当事者間に争いがない。

(二)  そこで、以下、被告が右契約上、原告ら主張のごとき債務を負うか否かを判断するが、この点は、被告大学におけるクラブ活動の実態、顧問の役割等の検討を抜きにしては明らかにすることはできないと考えられるので、以下、それらについて判断することとする。

しかるところ、〈証拠〉によれば、

(1) 被告大学には、被告大学の学生全員で構成される学友会があり、その構成員たる学生は、年間一定の学友会費(昭和五七年度は年間二〇〇〇円)を被告大学に納入していること、

(2) そして、被告大学には、学生がつくつている文化系、運動部系の各種クラブ、同好会等(以下、クラブ、同好会等を一括して「サークル」という。)があり、文化系のサークルについては、「大阪経済法科大学文化会」なる会(以下、「文化会」という。)が組織されているが、右文化会は、文化系のサークルに所属する全学生を会員として組織されているものであり、同会に対しては、毎年前期と後期にわけて、被告大学に納入された前記学友会々費の中から一定額が配分されており、文化会に属する各サークルはその中から予算配分を受けて活動していること、

(3) しかして、右文化会については、文化会会則(乙第七号証の一、二)が作成されており、同会の運営は右会則に従つて行われているが、右会則によると、右文化会とは、学生自治の精神に基づき学生生活全般の発展、向上を図るとともに文化的諸活動を行うことを目的とするものであり、同会には、会長・副会長等の役員、役員会議、文化会本部役員・各サークルの代表者で構成する文化会総会を置き、役員会議では、各サークルの運営事項等を審議し、文化会総会では、クラブ結成の承認、不承認や各年度の予算の決定等を行うことになつているが、その交渉にあたる役員、代表者は全て学生であること、

(4) そして、右会則によると、サークルを結成しようとする学友会々員(学生)は、一定の準備期間を置き、顧問、副顧問と最低五名以上の同志を募つて文化会本部に申し出なければならないが、これを承認するかしないかは、右のとおり文化会総会によつて決定されることであり、被告大学は何らこれに関与していないこと、

(5) 以上のとおり、被告大学における文化系サークルの運営、活動は学生自治の精神に基づき、学生自身の手によつて、自主的、自治的に行われているものであつて、本件クラブもその一つであり、被告大学の教職員がその顧問、副顧問になつている場合であつても、サークル活動について学生から相談があればこれに応ずるにしても積極的に関与するようなことはなかつたこと、

(6) そして、被告大学としては、学生が被告大学の施設をその部室等として使用することを認め、学生が行うサークル活動が正常な範囲から逸脱することのないように、サークルで合宿を行う場合には被告大学に事前にその届出をするように指導し、また、学生課において、サークル活動に伴う喧嘩等の紛争の相談に応じたりはしているが、被告大学から各サークルの顧問に手当てを出したり、顧問会議等を開いたりすることはなく、前記合宿の届出にしても、学生が自主的に作成して提出しているのみで、特にその内容について顧問らや被告大学の関係者が介入するようなことはしていなかつたこと、

以上のごとき事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  そこで、右認定の事実に照らし考えるに、被告大学において右のごとく学生の自主的、自治的運営によるサークル活動が行われ、被告大学がこれを認めてそのために必要な部室の使用を認めたり、相談にのつたりしているのは、学生が行う右の自主的、自治的なサークル活動が「広く知識を授けるとともに、………知的、道徳的及び応用能力を展開させることを目的とする」大学教育の目的にかなうものであると考えられるからであると思料され、その意味では右サークル活動も被告大学の教育活動の一環をなすものということができ、そうだとすると、これについても、前記教育契約に基づく法律関係が及ぶものと解するのが相当である。

しかしながら、大学におけるサークル活動は右に述べたところからも明らかなように学生の自主的、自治的運営によつて行われてこそ教育的意義が高いものであると思料され、また、大学における学生は、元来、成年者ないしそれに近い年令の者であつて一般的判断力を充分に備えているものと考えられることを参酌すると、被告大学としては、その学生が行うサークル活動について、それがサークル活動の本来の目的から逸脱し違法行為に及んでいるような場合は格別、そうでない限り、一般的には、たとえそれが本件合宿のようなものであつても、これに伴い生じうる危険について、原告ら主張のごとき注意義務を負うものとは解し難く、また、本件合宿それ自体が本件クラブのサークル活動の目的を逸脱し違法行為に及んでいるものとは考えられない。

そうだとすると、右義務の存在を前提とする原告らの債務不履行責任の主張は、その余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないといわねばならず、採用できない。

2  不法行為責任について

既に判示してきた被告大学における文化系サークルの性格とその運営の実情、及び〈証拠〉によると、被告大学における文化系サークルの顧問ないし副顧問は学生から要請を受けた教職員がその任意の意思によつて無報酬で引受けているものであつて、その役割も積極的にクラブ活動の内容を指導・監督するというものではなく、相談にのる程度の消極的な役割にとどまつているものと認められることに照らすと、本件クラブの顧問及び副顧問が、原告主張のごとく事前に現地を調査して注意・警告を与えたり、現地においても注意・警告を徹底させる義務を負うものとは認められないといわねばならず、原告らの不法行為責任の主張もその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四そうすると、原告らの本訴請求はいずれもその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 茂 裁判官小原春夫 裁判官大須賀 滋)

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